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■元・スクエニ ヴィジュアルワークス所属の北田栄二さんがスクウェア入社から退社までをブログで綴る。





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『FF XII』などに携わってきた元・スクエニ ヴィジュアルワークス所属の
北田栄二さんがスクウェア入社から退社までをブログで綴る。


北田栄二の海外武者修行!!: 【CG】 Roots 会社-スクウェア編 前編

僕がスクウェアに入社して、退社するまでの物語(?)です。まず、僕がスクウェア(ヴィジュアルワークス以下VW)に入社して、一番初めに携わった作品はファイナルファンタジー12でしたね。この作品には一年ほど携わりましたが、この作品があったからこそ今の僕があると言っても過言ではないぐらい、多くの人との出会いを与えてくれた作品です。

おそらく僕がスクウェアで最も仕事でお世話になったのは、入社してから6年間ずっと一緒に仕事をさせてもらったP先輩ですね。以前、勤めていた会社での実務経験は3年半あったもののその会社はMAXメインだったので、入社した当初はMayaを触ったことがなく、右も左もわからない状態でした。その時、色々と会社の仕組みやツール絵作りについても色々と教えてもらった記憶があります。今思うと懐かしい良い思い出ですね。Mayaやモデリングに対する基礎知識のほとんどはP先輩から教えてもらった物ですね。またFF12というプロジェクトは本当に色々な人との出会いも与えてくれました。

そして、僕にとってのモデリング、テクスチャーに対する概念、考え方を変えさせてくれた、今の僕に最も大きな影響を与えた人物はFF12で一緒に仕事をさせていただいたマットペインターの林隆之さんですね。林さんはスクウェアUSAでFFザ・ムービーにも携わっていたマットペインター兼テクスチャーアーティストです。

(中略)

今ではほとんどの方が退社されてますが、スクウェアUSA帰りの方々と一緒に仕事が出来たのも、このFF12というプロジェクトのおかげでした。

その後、FF12を経てFF13に携わることとなるのですが、そのあたりのお話はまた次回。スクウェアでの経験は本当に僕のCGアーティストの基盤を作ってくれた仕事、出会いが多いので、とても一回では語りきれませんねw ということで、続きは次回。


北田栄二の海外武者修行!!: 【CG】 Roots 会社-スクウェア編 中編

今回は前回の続きで、僕がスクウェアという会社でどういった人と出会い、影響を受けたかというお話の続きです。

FF12の仕事も終盤に差し掛かって来た頃の出来事です。当時、お世話になっていた上司とディレクターにミーティングに呼ばれ、参加してみると、それはFF13開発に向けたプリプロダクションのお話でした。
FF12の仕事自体は終わりも見えていたので、それはごくごく自然な流れだったのかもしれません。ただ、僕自身がプリプロからプロジェクトに参加させてもらえるとは思っていなかったで少々驚きました。当時、プリプロのメンバーは各セクションの代表4、5名から始めた記憶があります。各セクションの代表は1名から2名程度で、次世代機(HD対応)に向けたプリレンダリングの仕様やR&D、様々な検証を行いました。
1年半程度しか、VWで経験の無かった僕にこうったチャンスをくれたディレクターにはすごく感謝していますが、当時の僕には今ほどの知識も経験もなく、今思い返せば少々荷が重かったのかもしれません。

(中略)

FF12が完全に終了し、徐々にR&Dメンバーも増えていき、作業は順調の様に思えましたが、僕自身は何度作り直してもOKをもらえない。検証結果も出せない。E3に向けて納期は迫ってくる。徹夜続きで家にも帰れない。精神的にも肉体的にもかなり疲弊していました。
この頃の現場は、疲弊はしていましたが、モチベーションは決して低くなかったです。夜中に色々と意見交換したり、気分転換にご飯食べに行ったり、現場の雰囲気としては悪くなかったと思います。

ただ、こういった生活が数ヶ月続き、僕の中で何か緊張の糸が切れたというか、何かが弾けたと言うか。。。大好きだったCGが嫌いになりそう?そんな感覚で「E3が終わったらスクウェアを辞めよう」っと僕は思いはじめました。丁度、この頃は入社して3年目ぐらいだったと思います。何とか無事にE3を終え、辞める時期をうかがっていた頃だと思います。


そんな最も僕が駄目だった時期のトレーラーw 僕が主に担当したのはプリレンダー部分の背景とOPに登場する列車のモデルリングとテクスチャーです。たしか列車は外装だけで200万ポリゴン超えてたと思います。ネジやビス、金網など細部まで全部モデリングで作ってあるのでw ちなみにレンダリングは人生で初のレンダーマンでしたね。この頃は。

この頃は特に次のことなどは全然考えていませんでしたが、とにかく辞めたい!辞めたい!そんな毎日でした。特にこの時期は僕がCGを生業としていた人生の中で、僕自身が一番腐っていた時期だと思います(苦笑

そんな中、腐った僕に声を掛けてくれたのは、スクウェアで最もお世話になっていたP先輩でした。P先輩はFF12を終えて、僕とは別のプロジェクト働いていたので、色々と話を聞いてもらったりしていましたね。今思うと、本当に懐かしいw

それで僕は結局、FF13のプリプロが終わり、FF13がポストプロダクションに入る段階で、人事異動の兼ね合いもあり、P先輩の居るプロジェクトで僕は働くことになりました。ここからですね、僕がスクウェアで最も影響を受けた人たちと仕事をして、自分自身が急成長したのを実感できたのは。

いよいよ次回は後編最終回です(笑
僕がどういった出来事をきっかけに急成長したのか?どういった人たちから影響を受けたのか?どういったきっかけでスクウェアを去ろうと思ったのか?
気になる方は次回をお楽しみに♪


北田栄二の海外武者修行!!: 【CG】 Roots 会社-スクウェア編 後編

プロジェクトが変わったことで、僕を取り巻く環境も大きく変わりました。FF12までは教えてもらう立場だったのが、FF13を経てプロジェクトが変わり、教えてもらう立場から自分が教える立場に変わっていきました。

この時「腐ってても自分が損するだけ出し、誰にも良い事はないよ。」っと言ってくれたのはP先輩でしたね。それからですね、僕の気持ちが再び奮い立ったのはw
そして契約形態も契約社員から正社員へと変わったのも、この時期だったと思います。

(中略)

P先輩、M先輩、林さん、帆足さんこの4人と仕事、交友を持てたことで、僕のモデラー、テクスチャーアーティストとしての基礎が築かれて行きました。

また、僕がここで最初に携わったのは、FF13Versus(開発中未発売)のプリプロダクションでした。このプロジェクトのモデリングセクションはP先輩がスーパーバイザーで僕がリードというポジションでした。このプロジェクトのモデリング、レンダリング周りののプリプロは、当時、ほぼ二人だけの作業でしたね。
この時、別にFF7ACCというプロジェクトも走っていたのですが、僕と先輩はプリプロをやりながら、FF7ACCをサポートするような形で仕事をしていました。
今思い返せば、この時期が一番楽しく、僕がVWで充実していた時期かもしれませんね。。。。


そして、この時期に僕はもう一人忘れてはいけない人物と出会います。おそらく、この人との出会いが無ければ、僕は海外就職を考えなかったかもしれません。。。そん人物との出会いは、また次回♪


北田栄二の海外武者修行!!: 【CG】 Roots 会社-スクウェア編 最終回

僕がVWの研究開発チームと一緒にShader開発に従事していた頃です。僕に大きな影響を与えたエンジニアさんと出会いました。それはgShaderの開発者でもあるryuさんとの出会いです。お互い社内での交友はあったのですが、一緒に仕事をしたのはこの研究開発チームに合流してからだと思います。

(中略)

その後、しばらくして僕は結婚、出産という転機を迎えます。以前のエントリでも紹介したと思いますが、この転機が僕の生活を一変させました。仕事中心の生活が家庭中心の生活へ。この時、僕は会社の正社員で制作現場(某プロジェクト)ではモデリングチームのリードと言う立場でした。本当なら会社を優先させるべき立場だったのかもしれません。。。

しかし、僕の中で、常にこのままで良いのか???という葛藤がありました。P先輩はモデリングチームのスーパーバイザーという立場でもあり、今まで通り会社、仕事中心の考え方でしたが、結婚、出産した僕に色々と気は使ってくれていたと思います。。。それを僕自身、解ってはいたのですが。。。
それでも、僕とP先輩との考え方に徐々に溝が生まれてきました。。。。

そんな時です。僕がスクウェアでの時間のあり方について考えさせられる出来事が起きたのは。。。
子供が生まれて首が据わり、ハイハイを徐々にはじめて、つかまり立ちをし始める頃まで、ずっと僕は某プロジェクトの車をモデリングしていたのですが、一向にFIXしませんでした。もちろん、僕の力不足というのもあったのですが、子供があっという間に成長していくのに対して、僕は車のモデリング一つ仕上げられない。。。子供の成長とは裏腹に、自分がまったく成長していないような錯覚に陥りました。。。
錯覚では無く現実かも知れませんが。。。。(^^;

そして、僕は自分の技術が未熟なのも解っていたし、そんな未熟な僕が現場を離れ、徐々に他人を管理するという立場を強いられて居たのも、葛藤の原因の一つかも知れません。もちろん、管理職を拒絶するという権利もあったのですが、給料や日本での今後の生活を考えれば、管理職になるしかないのかなと自分に言い聞かせていましたが。。。自分の気持ちに嘘はつけませんねw

家庭と仕事の両立を目指したい、現場に留まりたいという自分の気持ちとは裏腹に、管理職をしなければ行けない現実と事情。徐々に自分の中でフラストレーションが溜まってきました。。。。
そして、自分の携わっているプロジェクトは一向に前に進まない。他の海外メーカー、映画会社などはコンスタントに大作を毎年繰り出してくるのに対して、僕たちは足踏み状態。。。。
(僕がこのプロジェクトに携わっている間に、トランスフォーマー1、2が公開され、アサシングリードなど大作ゲームのムービーも続編が次々と出されていました。。。。)
国内映画ですら、僕が一つのプロジェクトに携わっている間に大作映画を完成させていきました。
(林さんや帆足さんが携わった、山崎監督のALWAYS 3丁目の夕日、続・ALWAYS 3丁目の夕日など)

家族と過ごせない、多大な時間を犠牲にしているのに、自分は何も成長していないっと確信した瞬間かもしれません。そんな中、同期ではputonさんが海外転職のためVWを去り、鈴木卓矢くんも後を追うよ海外へと出て行きました。
僕は先輩から「充実した仕事、金銭、仕事と家庭の両立全てを満たすのは理想で、どれかを犠牲にしないと無理だよ。」とアドバイスを受けましたが、実際に海外のアーティストはそれらを実現させています。
それから、僕はVWでも数少ない妻子持ちの先輩たちに物事を相談する事が多くなりました。
そして、僕は海外への道を模索し始めたのです。。。


同時に、プロジェクトの途中で、お世話になったディレクターやP先輩、僕を慕ってくれていた(?)後輩たちを置いて会社を去るのか?という悩みもありましたし、この時点では僕自身、プロジェクトを最後までやり遂げてから、会社を去りたいという気持ちもありましたから。
この時期は、本当に常に何かと葛藤していた記憶しかありませんねw

そんな中、会社の都合もあり、僕は携わっていたプロジェクトを一旦離れて、キングダムハーツバースバイスリープのムービー部分のsets&propsスーパーバイザーという仕事をすることになりました。

この頃からですね、FF13に携わっていた、幾人かの優秀な人たちがVW去らざるをえなくなり(理由は読者の方のご想像にお任せします。)、会社の都合もあり、僕の携わっていたプロジェクトも一時中断せざるをえなくなりました。

このプロジェクト一時中断と会社からの希望退職者募集という出来事が、僕の海外転職を決定つける出来事になりました。

結局、僕はいつ再開されるかもわからないプロジェクトと自分の欲求を天秤にかけて、自分の欲求を優先させたのです。
そしてAnimal Logicからのオファーをきっかけに、お世話になったP先輩との溝は決定的な物となり、お世話になった人たちに多大な迷惑をかけることを承知の上で、KH BBS終了と同時に会社を去る決意をしました。
正直、僕の退社の仕方は、決して良い退社の仕方ではなかったと思います。どちらかと言えば恩を仇で返す類の物なのかもしれません。
それでも、僕は自分自身の決断は間違いではなかったと確信していますし、後悔もしていません。実際に海外に出たことで、自分の知識と技術は向上し、一時的ではる物の家庭と仕事の両立を実現する事も出来たのですから。

(中略)

今回はかなりプライベートに近い部分まで詳細にお伝えしたのは、僕と同じような悩みを持った人が、業界には大勢居るのでは?っと思い、そういった人たちの参考になれば!また、僕自身も帆足さんや林さんのように良い意味で他の方に影響を与えられるような存在になれればと思い、今回のエントリを書かせて頂きました。
逆に、こうした記事を書くことで、色々な人に迷惑が掛かってしまうかもしれないのですが(^^;


「理由は読者の方のご想像にお任せします。」の部分、スゴく気になる。
VWから退社した人、結構いたんだ…

携わってた一時中断したプロジェクトって何だろう…『Versus XIII』かな。
夢を作る現場ってすべからく過酷なんだと再認識。こういう話って業界全体であるんだろうな…

::関連過去記事::
スクエニ・和田社長「開発の立て直しには1、2年かかる。今後、高機能携帯電話向けアプリやSNS用ゲームを本格化させる。」

::関連::
北田栄二の海外武者修行!!


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